ドラマチックな人生を歩んできた霊能者はスピリチュアルに適格か!?

ドラマチックプロフィールというものが一時期流行りました。自分の波乱万丈の人生をプロフィールに書くことで、他者の感情を刺激し興味や共感を持たせる方法です。

 

しかし、その以前からスピリチュアルの世界はドラマチックプロフィールが定番でした。

 

幼い頃から霊能力があったり不思議体験多数だったり、家系に霊能者がいて修行を受けたり、様々な人生の試練、数奇な運命や苦難を経て、遂にこの道で生きることを決めた…みたいな。そういう「壮絶プロフィール」を書ける人間だけがこの道に進むもの。そういう思い込みって未だ強いのではないかと思うのです。

 

では、そういう波乱万丈人生を送ってきた霊能者だけがスピリチュアルの世界で良い業績を遺すのか!? それに関しては、「別に関係ない」というのが私の長年のウォッチングからの結論です。

だから今、あなたがどんな人生を送っていても、あなたが望むならスピリチュアルな世界は拓けてきます。誰でもスタート地点は一緒だと私は思うのです。

 

ドラマチック人生の人でも、いつの間にか辞めてしまう人、一時期は勢いがあってもなんだかおかしな感じになって消えてしまう人、途中で名誉欲に取りつかれる人、お客や仕事で関わる人とトラブルばかり起こして結局孤立する人など、大勢います。

 

なぜかと言うと、波乱万丈人生の人、ナチュラルな霊能者が人格者であるかはまた別であり、過去に波乱万丈だからと言ってその後の人生が波乱万丈でなくなるとは限らない(運命に翻弄されると言うか)。

スピリチュアルの世界はある時突然目覚めるようなものではなく、最初の一歩を自分の意志で踏み出したら死ぬまで一歩ずつ歩んでいくような地道な作業の側面が確実にあり、波乱万丈人生だとなかなか続けていくことが難しくなったりします。

 

そして人生で様々な苦難を体験した人が必ずしも感受性豊かになるとは限らないのが人間の不思議なところで、「私はこんなにたくさんの苦労をしてきました、だからあなたの苦しみがわかる」とプロフィールに書いている人のところに行って、ひどい人格否定をされてショックを受けるということもあるでしょう(とはいえ、これは投影の問題もあったりはするのですが)。

人の痛みを感じる心は、経験の表面的な大小とは関係がないと思うのです。

 

長々書いてしまいましたが、私が言いたいことは「あなたが平凡な人生を生きていても構わない、霊能力に自信がなくても構わない。良いスピリチュアルなセラピスト、ヒーラーになれるかは結局はあなたの意志と、自己成長したいと粘り強く思い続けるかである」ということです。

 

そしてスピリチュアルセラピストを探している人は、どうかドラマチックさではない側面からも見て判断されてください。勿論、ドラマチックな経歴の人にも素晴らしい方がたくさんいらっしゃいます。ですが、所詮皆同じ人間です。過剰に期待せず、期待に乗せられることなく見極める目も必要になるでしょう。



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